「同じ話をくり返す」「水分をとってくれない」「お風呂に入りたがらない」——認知症の家族を介護していると、そんな日常の困りごとに疲れ果ててしまうこと、ありますよね。
「もう限界…」「私ばっかり大変」と感じるのも無理はありません。私自身も、かつてはそうでした。
でもある時、気づいたんです。
本当にいちばん困っているのは、認知症の“本人”なのかもしれない。

介護者が「一番つらい」と感じてしまう理由
- 毎日の介護で心も体も疲弊している
- 思うように伝わらない・理解してもらえないストレス
- 自分の生活や自由を犠牲にしているという思い
こうした背景から、「私が一番大変なんだ」と感じてしまうのは当然です。
実は本人も「自分がおかしい」と気づいている
認知症と診断された本人も、最初は気づいています。
- 「最近、何か変だな……」
- 「忘れっぽくなったけど、年のせいかな?」
- 「家族に迷惑かけてないかな」
うまくごまかして見える時も、内心は不安と混乱でいっぱいなんです。
忘れていく不安、自分を見失う恐怖
もし、自分が「だんだん記憶がなくなっていく」と感じたら?
- どうしていいか分からない
- 誰にも相談できない
- 恥ずかしさやプライドも邪魔をする
そんな状況で、どうやって「助けて」と言えるでしょうか?
少しだけ、想像してみてください
認知症の人は、「わざと」困らせているのではありません。記憶があいまいになり、時間の感覚も狂い、現実をうまくつかめない不安の中で必死に生きているのです。
あなたがつらいように、本人もまた「どうしていいかわからない」状況にいる。
それを少しでも理解してもらえたら、介護の視点が少しだけ変わるかもしれません。
本人の気持ちを尊重する“接し方”——「そのままでいいよ」の魔法
私が介護の中でいちばん変わったのは、「本人を変えようとしない」と決めたときでした。
それまでは、
- 話がかみ合わないと正そうとしてしまう
- お風呂や食事を“やらせる”方向に話してしまう
- 言っても聞かないことにイライラしてしまう
……そんな毎日でした。
でもある日、ふと「そうかそうか、そのままでいいよ」と心の中でつぶやいたんです。
すると、不思議なことに自分の心がふっと軽くなったのを覚えています。
相手の言葉に合わせる
例)
本人:「今日、お父さん来た?」
あなた:「来たかもしれないね。会いたいんだね」
→ 現実を正さず、気持ちに寄り添うことが大切。
無理に行動させようとしない
例)
本人:「お風呂は今日はいいよ、めんどくさい」
あなた:「そうか、今日はやめておこうか。寒いもんね」
→ “入らせる”ことよりも、安心感を優先。
自分がラクになる言葉を持つ
「そのままでいいよ」「今日もありがとう」「うまくいかなくても大丈夫」
→ 自分を責めない、相手を変えようとしない言葉を持っておくと、自然と対応がやわらかくなります。
受け入れることで、介護は少しだけ楽になる
認知症介護は、完璧を求めすぎるとつらくなる時がありますよね。
うまくできなくて当たり前。思い通りにいかなくて当然。
「そうかそうか、そのままでいいよ」
このひと言は、本人にも自分自身にもかけてあげたい魔法の言葉です。
まとめ:本当に困っているのは“誰”?
介護者がつらいのは当然。でも、「本人の不安やつらさ」も忘れないでください。
共感と受容は、介護をする側・される側、どちらにとっても大きな癒しです。
小さなひと言、小さな意識の変化から、明日が少しだけ穏やかになりますように。
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