
「口を開けてくれなくなってきた」
「ごはんを食べなくなってきた…」
現場では「食事拒否」と呼ばれます。
でも実際に関わっていると、拒否というより「今が食事の時間だと、伝わっていない」場面のほうが、ずっと多いんです。
食欲がないわけではありません。
きっかけさえつかめれば、そこからスムーズに召し上がる方が多いです。
ただ、それが長くは続きません。
途中で手が止まったり、また眠くなってしまったり。
だから、一度の声かけでは足りないんですよね。
「今は食事の時間ですよ」を、いろいろな方法で、何度も伝えていく。
デイサービスでも訪問看護でも、私たちがしているのはそういうことです。
食べない背景には、こんなことが重なっています。
- 食欲の低下/味覚の変化
- 飲み込みづらさ(嚥下機能の低下)
- 口腔失行(うまく口が開けられない・動かせない)
- 注意の分散や不安、入れ歯や口内トラブル、薬の影響 など
この前提を持てるかどうかで、関わり方はずいぶん変わります。
この記事では、デイサービスで働く私が実際にしている「伝える」工夫を、順にお伝えしますね。
この記事でわかること
・「食事拒否」の多くは、拒否ではないということ
・口を開けてくれないときの、スプーンでの合図
・きっかけが続かないときの、環境のつくり方
・短く届く声かけと、つられ食べの力
・受診を検討するタイミングとサイン
口を開けてくれないとき、スプーンでそっと唇に触れる

唇に触れた瞬間、「あっ」というお顔をされます
デイサービスに、要介護5で食事もおやつも全介助の方がいらっしゃいます。
普段は傾眠がちで、うとうとされていることが多い方です。
その方に食事の時間をお伝えするとき、私がするのは3つ。
声をかける。においをかいでいただく。見てもらう。
それでも届かないときは、スプーンで唇にそっと触れる。
唇に触れた瞬間、「あっ」というお顔をされるんです。
今が食事の時間だとわかってくださったのが、こちらにも伝わります。
フォークだと、嫌な顔をされるんです
不思議なのは、フォークだと嫌な顔をされること。
同じように触れているのに、スプーンのときとは反応が違います。
丸みなのか、当たり方なのか。理由はわかりませんが、その方にとってはスプーンが合図なんだと思っています。
冷たいものだと、また反応が変わります。
おやつのゼリーやプリンは冷たいので、最初に唇に触れると、びっくりしたようなお顔をされます。
でも、甘いとわかったとたん、パクパク召し上がるんです。
「甘い」は、人間の本能から「食べて大丈夫」と思わせるものなんでしょうね。
ご家庭で試すなら
- お茶やお味噌汁をスプーンに少しだけとって、唇に軽く当てるところから。
- 無理に口を開けていただくのではなくて、体に「今ですよ」と伝える。
- そのほうが、お互いにずっと楽です。
テレビを消すだけで、食べる日があります

刺激が多いと、「今は食事」が伝わりません
口を開けない・飲み込まない背景には、不安や集中しづらさもあります。
静かで落ち着いた場は、それだけで「食べる準備」になります。
認知症では、同時にいくつもの刺激を処理するのが難しくなります。
テレビの音、会話、においが重なると、「今は食べる時間」が伝わりません。
今日からできる環境づくり
- テレビ・ラジオはオフ。
- 食卓の上は最小限に(茶碗・汁物・主菜を三角に配置)。
- 席は一定の場所に。デイサービスで毎回席が変わっても多くの方は大丈夫ですが、見える風景が同じだと安心されるようです。
- 声かけを「あえてしない時間」も有効。そっと座って、同じものを一口食べて見本を示します。
- 香りの強い柔軟剤・アロマは控えめに。食事のにおいと混ざると負担が増えやすいです。
目の前に、何も置かない
これは少数の方ですが、認知症が進むと、目の前にあるものを口に入れてしまうことがあります。
ティッシュだけではありません。
テーブルに飾ってあるお花の葉っぱを抜いて、口に運ぼうとされた方もいました。
飲み込めないので、もぐもぐされていてすぐ気づきます。
すぐにお口から出していただきますが、毎回冷や汗ものです。
食卓の上を最小限にするというのは、見た目を整える話ではないんですよね。
「目の前に何も置かない」が大事なときもあるのだと、現場で知りました。
環境づくりのよくある質問
Q:食卓で付き添う人数は?
A:多すぎると緊張します。 1〜2名までが目安です。
Q:音楽は流しても良い?
A:歌いたくなる曲は注意。 インストゥルメンタルを小さめに。
Q:食べないとき、何分待つ?
A:5〜10分を上限にいったん場をリセット。 再挑戦は時間をずらして。
静かな場をつくって、そばで同じものを一口食べて見せる。
言葉より、見せるほうが届くことが多いです。
「食べましょう」より「好きなお肉だよ」

短く、肯定的に、一度だけ
「食べましょう」よりも、「好きなお肉だよ」のほうが届きます。
言葉は短く、笑顔で、伝えるのは一度だけ。
つい何度も言い直したくなるんですけどね。
一度にたくさん言葉を重ねると、かえって届きにくくなります。
一度だけ伝えて、少し待つ。
それでだめなら、時間をおいて、また伝える。
「一度だけ」は、あきらめることではないんです。
「好き」は感情の記憶に届きます
認知症では、言葉の意味を処理するのが難しくなっても、感情の記憶は保たれやすいと言われています。
「好き」という言葉は、意味より先に、安心として届くのだと思います。
言いかえの例
- 「好きな○○だよ」 → 一拍おいて → お皿を本人の手前へ。
- 「温かいお味噌汁だよ」 → 湯気をそっと見せる。
- 「今はごはんの時間だよ」 → 時計を指さして、目でも伝える。
- 避けたい言葉:「食べないとダメ」「ちゃんとして」などの否定語。
声かけは、短く、肯定的に、一度だけ。
それだけで、届き方が変わります。
一緒に食べると、つられて手が伸びる

まわりの人が食べている影響は、思っている以上に大きい
楽しいと、つられてこちらも笑顔になってしまうように、
同じメニューでも、雰囲気で手の伸び方が変わります。
認知症が進んで食事の時間がわかりにくくなっている方ほど、
まわりの人が一緒に食べていることの影響が大きいと感じます。
お箸やスプーンを持っていただいて、お椀を手に持てば、そこからスムーズに召し上がる方も多いです。

つられ食べを起こす工夫
家族も同じ時間に着席する。
先においしそうに一口食べて見せる。
おしゃべりは、食事と関係のある明るい話題を。「今日のお味噌汁、香りいいね」など。
「役割」があると、顔つきが変わります
以前勤めていた小規模なデイサービスでは、ときどき調理の時間がありました。
インゲンの筋取り、玉ねぎの皮むき。
包丁で野菜を切ることも、思っていたよりずっと多くの方ができるんです。
体に染み付いていることって、大きいんですよね。
食卓でも同じです。
「スプーンをここに置いてくれる?」「お皿を並べてくれる?」
役割があると、みなさん満足したお顔をされます。
※包丁を使う作業は、必ずそばについて見守れるときだけにしてくださいね。
食べない日が続くときこそ、先に楽しい空気をつくってみてください。
「おいしいね」と笑顔で言うだけでも、空気は変わります。
「つられて一口」が入れば、そこから流れが変わります。
これは受診のサイン むせ・体重減少・脱水

安全の確認がいちばん先
ここまでの工夫を試しても食べない。むせが増えてきた。体重が急に減ってきた。
そんなときは、伝え方の問題ではないことがあります。
早めに専門職に相談してください。
体調の変化が隠れていることがあります
誤嚥性肺炎や便秘、口腔トラブル、薬の副作用が関わっていることもあります。
相談・受診の目安
- 熱や咳・痰、強いむせが出る。
- 1〜2週間で2〜3kgの体重減少がある。
- 水分摂取が1日500ml以下の日が続く。
- 口内炎や、合わない入れ歯が痛そう。
- 新しい薬を始めた直後から食べない。。
ご自宅なら、訪問看護、主治医、言語聴覚士(飲み込みのリハビリの専門職)、
歯科に早めのご相談を。
歯科は、通うのが難しければ訪問歯科という方法もあります。
入れ歯が合わない、飲み込みにくい、といったことも相談できますよ。
ケアマネさんに聞いてくださいね。
体重と水分量を今日からメモしておくと、相談するときに役立ちます。
まとめ 今日からできる3つの一歩
食べない日が続くと、こちらの気持ちも削られますよね。
でも、拒否されているわけではないことが、ほとんどです。
伝わっていないだけ。
だから、伝え方を変えてみる。
- スプーンで唇にそっと触れて、「今ですよ」を体に伝える。
- テレビを消して、そばで同じものを一口食べて見せる。
- 「好きなお肉だよ」と、短く肯定的に伝える。
うまくいった日があっても、また食べない日は来ます。
それでいいんです。そのつど、伝え直せばいい。
万能薬はありません。
でも今日の食事で、ひとつだけ試してみる。
それで変わる日が、きっとあります🌿





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