デイサービスにいても、施設にいても、「家に帰りたい」とおっしゃる方がいます。
デイサービスで言われると、「ああ、自宅に戻りたいんだな」とわかる。でも施設でその言葉を聞くと、「もう帰れないかもしれないのに…」と、こちらまで胸が痛くなることがあります。
ところが、自宅に戻ったあとも「家に帰りたい」と言い続けている——そう話してくれるご家族も、少なくありません。
そのとき、ふと思ったんです。この「帰りたい」は、建物としての家に帰りたいのではなく、”安心できる場所に、心が帰りたい”ということなのかもしれない、と。

自宅に戻っても「帰りたい」って言うんです…。
どういうことなんだろう。

「家に帰りたい」は場所の話じゃないことが多いんです。
その言葉の裏にある気持ちを、一緒に読み解いていきましょう。
「家に帰りたい」は心の安心を求めているサイン
認知症の方が「家に帰りたい」と言うとき、それは必ずしも今いる場所への不満ではありません。
専門的には「帰宅願望」と呼ぶ、この行動。
その正体は、「心が落ち着ける、安心できる場所」へ帰りたいという気持ちです。
その「安心できる場所」は、人によってさまざま。
若い頃に住んでいた実家だったり、毎日通っていた職場だったり、
子育て真っ最中の頃のにぎやかな家だったりします。
つまり「帰りたい」という言葉の裏には、
「今ここが不安」という気持ちが隠れていることが多いのです。
認知症ケアの研究者トム・キットウッドは、
認知症の方には
「安らぎたい」
「誰かとつながりたい」
「受け入れられたい」
という深い心理的なニーズがあると示します。
「帰りたい」という言葉は、
今いる場所でそのニーズが満たされていないサインとして受け取ることができます。
認知症で「家に帰りたい」を繰り返す3つの理由

今まさにいる場所なのに、なぜ「家に帰りたい」と言うのでしょうか。理由は、認知症特有の脳の仕組みと心境の変化にあります。主な理由は次の3つです。
① 昔の「やるべきこと」を思い出して焦っているから
「ご飯の支度をしなきゃ」「子どもが学校から帰ってくる」——。
認知症の方は、最近のことは忘れてしまっても、何十年も前の古い記憶は鮮明に残っていることが多いものです。
かつての「大切な日常の役割」が今のこととして急によみがえるため、「早く帰ってあれをしなきゃ!」という焦りから言葉が出てしまいます。
② 目の前の風景が「自分の家」だと認識できないから
脳の機能が低下すると、毎日見ているはずの我が家なのに「知らない場所」に見えてしまうことがあります。特に、リフォームや引っ越し、施設への入所など、環境が少し変わったタイミングは要注意です。
「ここは私の家じゃない、知らない場所に閉じ込められている」という恐怖は、本人にとっては紛れもない現実なのです。
③ 強い不安や混乱から「逃げ出したい」から
「ここはどこ?」「私は誰?」——。
周りの状況がわからなくなると、人は誰でも強い恐怖を感じ、本能的に「自分が一番安全だった場所(=心のなかの我が家)」へ逃げようとします。
ケアの研究でも、「心の安心感」が減ると帰宅願望が出やすいことが分かっています。私も現場で痛感していましたが、夕方など不安が強まる時間帯にこの訴えが多くなるのはそのためです。
つまり「家に帰りたい」は、わがままや困らせたい行動ではなく、言葉にできない「寂しいよ、不安だよ」というSOSのサインなのです。

SOSなのは分かったけれど…「ここが家だよ」って何度言っても怒り出すし、一体どうしたらいいの?

そうですよね。つい「ここが家でしょ!」と言いたくなりますが、実はその正論が逆効果になることも。まずはやってしまいがちな「NG対応」から確認しておきましょう。
やってしまいがちなNG対応3つ

「帰りたい」と言われたとき、つい取ってしまいがちな対応が、実は逆効果になることも。
- 「ここがあなたの家でしょ!」と正論で返す→ 本人には通じず、否定された気持ちになって不安や怒りが増す
- 「もう帰れないの!」とはっきり言う→ 現実を突きつけられることで、強いパニックや悲しみを引き起こす
- 無視する・話題をそらそうとする→ 気持ちを無視されたと感じ、不安がさらに高まる
大切なのは、正しい情報を伝えることよりも、まず気持ちを受け止めること。
「家に帰りたい」と言われたときの5つの対応法
では、具体的にどう対応すればいいのでしょうか。介護の現場でも使われている、やさしく効果的な5つの方法をご紹介します。
① まずは気持ちをそのまま受け止める
「帰りたいんだね」「そうか、帰りたくなったんだね」と、まずは相手の言葉をそのまま復唱し、共感を示しましょう。
否定も肯定もせず、「あなたの気持ちを聞いていますよ」という姿勢を見せるだけで、本人の不安がスーッと和らぐことがあります。
② 「準備しますね」と安心させて引き伸ばす
「今すぐは帰れない」と突っぱねるのではなく、「少し待っててくださいね、今から準備をしますから」と伝えてみましょう。
「帰れるんだ」という安心感が生まれると、それだけで焦りが落ち着きます。
準備をしているフリをしている間に、フッと気持ちが切り替わることもよくあります。
③ 一緒に外に出て気分を変える
「じゃあ、ちょっとそこまで一緒に行きましょうか」と、思い切って外に連れ出すのもひとつの手です。
外の空気を吸って景色が変わることで、脳のスイッチがパッと切り替わります。少し散歩したあとに「そろそろ(お家へ)戻りましょうか」と声をかけると、素直に家に戻ってくれることがよくあります。
④ お茶や好きなもので「楽しさ」を上書きする
あたたかいお茶とおやつ、好きな音楽、昔のアルバム——本人の心がパッと明るくなるものを用意して、自然に意識を別の方向へ向けましょう。
「帰りたい」という強い思い込みも、ふとした心地よい刺激で忘れてしまうもの。
無理に引き留めるのではなく、楽しい記憶で上書きするイメージでもてなしてみてください。
⑤ 小さな「役割」をお願いして居場所をつくる
以前、私のいた現場でも帰宅願望がとても強い方がいました。
あるとき、テーブルのチラシで小箱を折る作業を一緒にお願いしてみたんです。
熱心にとても綺麗な箱を折ってくださるようになり、スタッフが「ありがとうございます!助かります」と声をかけると、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれました。
それ以来、その方の「帰りたい」という言葉はピタッと止まったのです。
自分の得意なことがある、周りに必要とされている、ここにいていい——。
そういう「自分が必要とされている安心感(居場所の感覚)」こそが、
帰宅願望を和らげる一番の力になるのかもしれません。
【知っておきたい】夕方に「帰りたい」が増える理由と環境づくり
ちなみに、この「家に帰りたい」という訴えは、
圧倒的に「夕方」に多くなります。

これは「夕暮れ症候群(サンダウニング)」とも呼ばれ、
1日の疲れが出る夕方に不安や混乱が強まる、認知症特有の症状です。
デイサービスでもおやつの時間が終わる頃になると、「ご飯の用意をしなきゃ」「そろそろお暇します」と焦り出す方が一気に増えます。
私も現場では「お車の用意をしてきますね!」と一度受け止めながら、
焦る流れを変える工夫をしていました。
また、介護の研究では、夕方に帰宅願望が強まるもう一つの理由として「昔の役割の記憶がよみがえるから」とも言われています。
「夕方はご飯を作っていた」「仕事を終えて家に帰る時間だった」——
何十年も体に染みついた習慣が、夕方の薄暗さとともにリアルによみがえるのです。
この時間帯は、お家の照明をいつもより早めに明るくする、好きなテレビをつける、一緒に軽いストレッチをするなど、「寂しさや焦りを感じさせない環境づくり」を意識してみるのがおすすめです。

正直に言うと、毎回対応するのが本当につらくて…。
介護している自分も限界を感じることがあります。

それは当然のことだと思います。
介護する側の気持ちも、とっても大事。
うまくいかない日があっても、自分を責めないでほしいです。
「帰りたい」の言葉の裏にある、本当のニーズを見つけよう

「どこに帰りたいの?」ではなく、
「今、何が不安なんだろう?」「何があれば安心できるだろう?」という視点で考えてみましょう。
私がデイサービスで働いていたとき、不思議に感じていたことがありました。小規模のデイでは「帰ります」「お暇します」が多いのに、大きな施設では「トイレに行きたい」「疲れた」が増えるんです。
実は研究でも、「帰りたい」の裏に身体的不快感が隠れているケースがあると言われています。
「どこかが痛い」「寒い」「音がうるさい」といった不快感が、うまく言葉にできずに
「ここじゃないどこかに行きたい」という形で出てくることがあるので、体の様子もあわせて確認してみましょう。
たとえば——
- 子どもの頃の家族が恋しい → 昔の写真を一緒に見る
- 働いていた頃の充実感が懐かしい → 「今日もよく頑張りましたね」と声をかける
- ただただ「安心したい」 → そっとそばに寄り添い、穏やかな声で話しかける
「帰りたい場所」は、記憶の中にある「自分が大切にされていた時間」かもしれません。
それを少しでも今ここで感じてもらえるような関わりが、帰宅願望を和らげるカギになります。
施設や通所サービスでも、
「ここに自分の居場所がある」と感じられるようになると、
「帰りたい」という訴えが落ち着いていくと言われています。
「安心できる場所」は、物理的な家でなくてもつくれるということですね。

同じ「帰りたい気持ち」でも、環境によって出てくる言葉が変わるんだなと気づいてから、「帰りたい」という言葉をもう少し広く受け取れるようになりました。うまく対応できない日も、あなたが寄り添おうとしていること、それだけで十分だと思います。
まとめ:「帰りたい」はSOSのサイン。正論より共感を
認知症の方の「家に帰りたい」を振り返ってみると——
- 「帰りたい」=「心が安心できる場所へ行きたい」という気持ちのサイン
- 原因は「昔の記憶による焦り」「環境への戸惑い」「不安からくる逃げたい気持ち」の3つが多い
- 正論で否定するのはNG。まず気持ちを受け止めることが大切
- 「準備しますね」「一緒に外へ」「役割をお願いする」など、“安心できる関わり”が効果的
- 夕方は特に注意(夕暮れ症候群)。環境づくりも大切
帰りたい」を止めようとするより、「この場所は安心できる」と感じてもらうことが大切
毎日の介護の中で、完璧に対応できる日ばかりではないと思います。それでも「なぜ帰りたいのか」がわかると、少しだけ気持ちがラクになることもあるはず。
介護する側も、無理しすぎず。あなたのペースで、ひとつずつ試してみてくださいね。



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